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DXを進めるための前提条件とは?
  • 1978年の創業以来、会計ソフト「弥生会計」をはじめとする高い商品開発力とブランド力をもとに、全国220万以上の登録ユーザーを有する弥生株式会社。 社会的システムのデジタル化が進んでいくなかで、どのようなことを考え、また取り組んでいくのか。岡本浩一郎社長に、AGSコンサルティングの廣渡嘉秀が話を伺った。
Windows95が起点となった、会計ソフトの市場形成
廣渡 本日はありがとうございます。今回のインタビューは、もともと4月に予定していたところ、コロナ禍もあってようやく実現することができました。
岡本 予定では、ちょうど政府が7都府県に対し、緊急事態宣言を発令したタイミングでしたね。
廣渡 ビジネスへの影響はいかがですか?やはりインターネット販売が加速しそうな印象ですが。
岡本 大きな流れとしては、やはりECにシフトしていくのだと思います。ただ、面白いもので、こうした状況にも関わらず、私たちのパッケージは郊外の家電量販店で結構な売れ行きを見せているんですよ。
廣渡 なるほど、持続化給付金に伴う個人事業主の需要もあったのでしょうが、やはり近所の量販店は多くの人たちにとって身近な存在ですし、まだまだ強いということですね。
岡本 アマゾンなどのECサイトが、日本の小売業に脅威を与えているのは紛れもない事実ですが、アメリカと比べるとそうでもない。量販店自身の努力も大きいですが、日本人の消費行動がそこまでドラスティックに変わっていない、という側面もあるのだと思います。
廣渡 会計ソフトのクラウド化も、意外と進んでいないということになるでしょうか。
岡本 「デスクトップが良い」とおっしゃるユーザーは相当数に上りますので、クラウドがスタンダードになるまでにはもう少し時間がかかる気がします。私たちがクラウド版のソフトを提供するようになって既に6年経っていますから、5年、10年と、長いスパンでゆっくり入れ替わっていくのではないでしょうか。
廣渡 会計ソフト市場はここ数年、freeeさんやマネーフォワードさんの出現で業界図が少し変化しはじめていますね。
岡本 かつての市場の大きな転換点は、1995年にWindows95が世に出たことです。これを機に、パソコンが一般に普及するようになりました。結果として、私たちもそうですし、OBCさんやPCAさんなどが現在の「パソコン会計ソフト」市場を形成していった。
廣渡 私たち会計事務所からみると、会計ソフトというのはずいぶん安定した市場だと感じます。
岡本 それまで新規参入がなかった訳ではないのですが、ある程度各社の棲み分けができていたんです。そんな中「クラウド」というキーワードのもと参入してきた両プレイヤーの存在は、市場全体にとっても大きな刺激になりました。
廣渡 かつてWindows95の波に乗れたからこそ成長できたという実感が、そのまま危機感につながっていく。
岡本 過去に起こったことは、当然現在にも起こりうるので、危機意識を持つことは重要です。ただ、当時と現在では市場の中身が異なっている。当時は市場自体が小さくて、いわゆるテクノロジーの導入ライフサイクル理論でいうと、イノベーター(Innovators)やアーリーアダプター(Early Adopters)といった、先進的な人が大部分を占めていました。
廣渡 現在よりも市場の動きが早かった、ということでしょうか?
岡本 そうですね。現在の市場は成熟していて、マジョリティ(Majority)やラガード(Laggards)と呼ばれる保守的な層が大半を占めています。市場全体を動かすことが、かつてより難しくなっているんですね。クラウド製品でいうと、個人事業主のみなさんはようやくマジョリティ層に入ってきていますが、法人はその手前といったところです。
廣渡 現在のデスクトップアプリケーションは、まだまだクラウドより使い勝手が良いので替えづらい、という話は、いろんな会社とお付き合いしている中で何度となく耳にします。
岡本 法人では、「ソフトはデスクトップ、データはクラウド上で保管する」という使い方がかなり浸透してきていますが、「全部をクラウドで」となると、今の段階ではなかなか難しいですね。 歴史は繰り返すと言うものの、技術の変化に対するマーケットの反応は、時代時代の背景によって少しずつ変わっていく、というのが実感です。もちろん、社会的に事業承継が進んでいく今後10年というスパンでは、クラウド化が進んでいくのだと思います。
入力する、という常識
廣渡 弥生の登録ユーザーはどのくらいあるんでしょうか?
岡本 220万を超えています。ただし、これにはアクティブでないユーザーも含まれます。細かいデータは企業秘密ですが(笑)、中小企業や個人事業主層のシェアが高いですね。
廣渡 freeeさんやマネーフォワードさんも、もともとは中小企業や個人事業主層を狙っていたと記憶していますが、少し変化してきた印象です。実際のところいかがでしょうか?
岡本 ここ1・2年ほどで中堅企業以上のゾーンにシフトしつつあるようです。
廣渡 そうなると、両社にとってはOBCさんやオービックさんあたりが競合になっていくんでしょうか。
岡本 上場を目指しているような若い会社は、freeeさんやマネーフォワードさんに親近感を持つのだと思いますが、地場の事業者さんなどにとっては販社網がしっかりしているOBCさんなどのほうが身近です。彼らが直販モデルを前提とするのであれば、むしろオービックさんに近いのかも知れません。
廣渡 弥生も含めて、既存プレイヤーは今後どうなっていくと考えていらっしゃいますか?
岡本 ストック型ビジネスの特性上、一定の規模に達したプレイヤーは経営として安定していました。ただ今後は、オーナー企業である主要プレイヤーの事業承継がひとつポイントになっていくはずですし、取り組まなくてはならないテーマも広がってきています。たとえばAI。
廣渡 そうですね、これは産業全体でいえることだと思いますが、AIの技術者は本当に不足している。人材採用や育成が、プレイヤー間の技術開発に大きな差を生んでしまう可能性もあります。
岡本 このまま今の業界構造で、みんなが仲良く生きていくということはできないのだと思いますし、むしろ不健全です。
廣渡 技術開発に絡む話ですが、2023年10月に導入される消費税の「適格請求書等保存方式」(インボイス制度)に伴って、インボイスの電子化が進んでいきそうですね。
岡本 現在は、銀行明細を自動的に取り込んで仕訳にするなど、データがどんどん繋がっていくトレンドにあります。インボイスの電子化も同じで、入力が必要なくなっていく。
廣渡 このあたりは私たちのサービスにも大きく関連するテーマです。仕訳は、従来の手入力から変わりますか?
岡本 変わると思いますし、変えなきゃいけないとも思います。そもそも入力なんて、誰もやりたくてやっている訳ではありませんからね。
廣渡 入力は手段に過ぎませんし、やらなくて済むのであれば、それに越したことはないですから。
岡本 銀行明細の取り込み自体は、私たちも10年以上前から仕組みとして持っていました。そうした機能について世の注目を集めてくれたのが、freeeさんであり、マネーフォワードさんです。一方で、銀行明細にも課題があって、例えば税区分という情報を持っていない。
廣渡 今回の「複数税率」というのは、税率が跨ってしまうことがあるため、自動仕訳にとってはステップバックをもたらすことになりますね。
岡本 ただ、インボイスが電子化されるようになれば、BtoBにせよBtoCにせよ、税率情報を持っているので、取引のデジタルデータが繋がっていくことになります。本当の意味で入力が不要になる。 こういう世界は、放っておいても実現しません。「今のままでよい」という惰性から抜け出して、行動を起こす必要があります。
インボイス制度が与えてくれたチャンス
岡本 その点、幸か不幸か、先ほどおっしゃったインボイス制度が2023年10月に決まっているので、この機を逃さない手はないですね。単なる法令改正として渋々対応するのか、業務を圧倒的に効率化する千載一遇のチャンスと捉えるのか。まさに、私たちの真価が問われているのだと思います。
廣渡 入金の消し込みなども大変ですから、デジタルインボイスと銀行明細データを自動で照合できるようになると、すごく便利です。
岡本 インボイスを受け取る側も、納品データと請求データを消し込んで支払いをするというプロセスが自動化できます。ここまでくると、業務は圧倒的にシンプルになる。海外ではこうした仕組みの整備が、ここ5年ほどで一気に進んできました。
廣渡 なるほど、そうした海外情勢に追従する動きが、今年6月の「社会的システム・デジタル化研究会」の提言へと繋がった、と。
岡本 この会は昨年の12月に立上げました。電子インボイスだけでなく、「確定申告制度、年末調整制度、社会保険の各種制度等についても、業務プロセスを根底から見直すデジタル化を進めるべき」旨を提言しています。まずは2023年10月に向けて、事業者が規模の大小を問わず、それほど負担なく電子インボイスを使えるような仕組みを官民が協力して作っていこうと結論づけた。それを実際に動かすための組織として、「電子インボイス推進協議会」を7月に立ち上げ、動き出したんです。
廣渡 リリースが出ていましたね。社会的システムというのは、インボイスというテーマひとつ取っても、膨大な課題が絡み合っていて、一筋縄ではいかないでしょう。
岡本 もちろん行政の後押しも重要ですが、民間が主体的に動いていかない限り、そう簡単には実現しないと思います。3年あるとはいえ、ぜんぜん時間が足りないというのが実感です。
廣渡 一方で、電子契約なんかもそうですが、歯車さえ噛み合うと一気に普及が進む印象があります。
岡本 常識が変わる瞬間というのがありますよね。その意味で、今回の新型コロナウイルス禍も、大変な時期ではありますが、大きな機会にもなりうる。
廣渡 インボイスでいうと、平時は紙でもよかったのが、コロナ禍のリモートワークだと途端に対応できなくなる。インボイスを発行するためだけに出社するのは嫌ですから、これは大きな後押しになります。
岡本 もはや郵便物を受け取ること自体、ボトルネックになっているのが現状ですから。通勤に関する常識が変わると、定期券を買う必要がなくなるわけです。
廣渡 定期券ひとつとっても、鉄道各社のキャッシュフローに与える影響は相当なものになるでしょうね。
弥生のめざす、「脱・入力」と事業支援
岡本 会計ソフトの常識に置き換えると、弥生の製品は「入力のしやすさ」が大きな強みになっていたんです。ところがこれは、「入力行為が発生するという常識」が前提になっています。
廣渡 なるほど、もし入力が不要になってしまえば、その瞬間に強みを失うことになりますね。 逆に事業者、特にフリーランスの人たちにとっては、日常の取引を進めるだけで仕訳が記録され、決算書が作成されるようになれば、一気に生産性を高めることができる。
岡本 ですから、強みに甘んじるのではなく、私たち自身が「入力不要な会計ソフト」を目指すことで、将来が切り拓けるのだと考えています。日常の事業を続けているだけで、自動的に会計記録が生成される。時間はかかると思いますが、まさに私たちが実現していくべき世界です。
廣渡 ビジネスにおけるデジタルトランスフォーメーション(DX)というテーマについて伺ってみたいのですが、会計システムや会計ソフトといった事業ドメインは、面白いポジションにあると感じます。ビッグデータを預かる立場ですから。もちろん、個別データを活用することはできないのだと思いますが。
岡本 おっしゃるとおり、私たちがクラウド上でお預かりしているデータは、統計的にであれば活用できるという許諾をいただいています。「アルトア」という事業者向け融資サービスを展開していますが、これは会計データを統計的に処理したうえで、リスクを測定するモデルを構築しています。
廣渡 会計ソフトの枠を超えたサービスですね。
岡本 私たちが掲げている「Mission, Vision, Value」には、「ソフトウェア」という表現が一度も出てこないんです。事業の立ち上げと成長を支えることが目的であって、ソフトウェアはその一手段に過ぎません。もちろんソフトウェアはコアコンピタンスですが、そこだけに自ら縛られる必要はない。起業や資金調達、事業承継など、お手伝いの幅を拡げていきたいと考えています。もちろん、私たちだけでできることではありませんが。
廣渡 資金調達や事業承継などは私たちも得意分野ですので、その時はぜひ、ご協力させてください。(笑) ひとつの答えが先ほどのアルトアなのだと思いますが、会計データの活用は進んでいくのでしょうか?
岡本 アルトアによって、会計データを使った融資が実現可能であることは、ある程度見えてきました。ただ、アルトアだけでカバーできる事業者には限りがあるので、この仕組みを金融機関に活用してもらうような展開を考えています。そのためにはAGSさんのように、資金調達の相談に日々応じている会計事務所さんがカギになりますね。
電子化から、真のデジタル化へ
岡本 DXについて付け加えておきたいのが、「電子化とデジタル化という言葉は明確に使い分けるべき」ということ。これまで進んできたのは紙をデータに置き換える電子化です。
廣渡 紙の申告書を電子的に提出できるようになったe-Taxが、まさに典型ですね。
岡本 e-Taxのデータもそうですが、あくまで紙を前提としたものになっているんです。これに対して、今必要なのは、「そもそも申告って必要なのか?」という観点から業務プロセス自体を見直していく、デジタル化だと思います。 たとえば、イタリアでは全ての電子インボイスを政府が収集しているのですが、極端な話、政府自身で消費税の申告データを作成することができてしまう。
廣渡 そうなると、事業者がわざわざ申告する必要もなくなってしまいますね。
岡本 またイギリスでは、道半ばではありますが、“Making Tax Digital”という制度があります。彼らは“Digital Tax Account”という概念を持っていて、世の中のさまざまな取引を、デジタルで収集しようとしている。これが実現すると、個人がその時点で支払うべき税金の額も、日次で計算されることになるんです。 このように、物事の在り方を変えてしまうのがデジタル化なのだと思います。インボイスも同じことで、単にインボイスを電子化するのであればデジタル化とは言えません。
廣渡 あくまで業務プロセスの効率化を目指すべきということですね。そういう意味で、日本は兎角、電子化が好きなのかも知れません。
岡本 本当のデジタル化は、たった1年で実現するほど容易なものではない。時間をかけてでも業務プロセスそのものを見直す必要があると思います。
廣渡 そろそろ時間がなくなってきてしまいましたが、最後にもうひとつだけ。
岡本 そうですね、これは物事の前提が変わるという話にも関連しますが、DXによって業界の壁がなくなるということです。たとえば「アマゾンは何業か?」と問われると、なかなか答えづらい。
廣渡 たしかに、もはや小売業と呼ぶには違和感があります。
岡本 デジタルが前提になったからこそ、こんなことができるようになったと思うんです。レベル感こそ違いますが、最近業界の壁が溶け始めていると感じたのは、銀行口座と会計ソフトのAPI接続を通じて、金融業界とIT業界が急接近したことですね。 「自社が何業か?」という制約を取り払って考えることこそが、DXの前提となる考え方だと思います。
廣渡 残念ながらお時間になってしまったようです。本日はどうも、ありがとうございました。
岡本 浩一郎 (おかもとこういちろう)
弥生株式会社 代表取締役社長
1969年横浜市生まれ。東京大学工学部卒業。カリフォルニア大学 ロサンゼルス校(UCLA)経営大学院修了。野村総合研究所、ボストンコンサルティング グループを経て、2000年6月にコンサルティング会社 リアルソリューションズを起業。2008年4月より弥生株式会社 代表取締役社長に就任。2017年2月にアルトア株式会社を設立、代表取締役社長に就任(弥生株式会社 代表取締役社長と兼務)
interviewer
廣渡 嘉秀 (ひろわたりよしひで)
株式会社AGSコンサルティング 代表取締役社長
1967年、福岡県生まれ。90年に早稲田大学商学部を卒業後、センチュリー監査法人(現 新日本監査法人)入所。国際部(ピートマーウィック)に所属し、主に上場会社や外資系企業の監査業務に携わる。 94年、公認会計士登録するとともにAGSコンサルティングに入社。2008年より社長就任。09年のAGS税理士法人設立に伴い同法人代表社員も兼務し、現在に至る。
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